ドイツの偉人

フランツ=カフカ20世紀ドイツ語文学を代表する“絶望マエストロ”

じぇむずさん(男性・40代前半)歴史は過去からの膨大なビッグデータ。今回はフランツ=カフカです。

 

ドイツ語文学を代表するのが18世紀がゲーテ、19世紀がニーチェというのがおおよそ無難なところではないだろうか。

では20世紀は?

私は彼を推す。
代表作『変身』『審判』『城』『判決』『田舎医者』『断食芸人』など。
一見他愛ないようで読み進めるうちシュールで非現実な独特の世界観へと次第に引き込まれ、気付けば身に差し迫る矛盾とスリル。諧謔は鋭く現実を切り裂き、やり場のない悲哀と絶望の果てに…。
気付くと癖になっている。

彼は生前作家として経済的にも名声にも成功をほとんどなしえなかったが、死後になってから俄かに、やがてサルトルやカミュといったまさに時代の「実存主義」作家らによって注目され、今もなお“世界的作家”として多くの読者や作家らに愛され、影響を与え続けている。

そんなカフカであるが、最近「絶望の名人」としても一部で熱狂的な注目を集めている。

偉人・大作家というといかにもいかめしくとっつきづらいようだが、彼の場合息をする限り絶望せずにいられないというほどの「自己嫌悪」と「悲観」。

そのどこか“ほっとして”“くすっと笑えて”“心がほっこり温まる”不思議な魅力。
今日新たにあなたの心に「フランツ=カフカ」の名が刻み込まれるかもしれない。

 

フランツ=カフカの生涯と人柄

1)フランツ=カフカの生涯

フランツ・カフカは、1883年現在のチェコ、プラハにて生まれる。

父ヘルマンはユダヤ人で、高級小間物商を営む典型的な“成金”である。

息子フランツは大変に虚弱で、大人しく、繊細な子供であった。

父ヘルマンはそんなことにはお構いなく“やる気満々”。

フランツに英才教育を施し、おかげでとても成績優秀となった彼は順当にプラハ大学へ。

が、

フ「父さん、僕大学で哲学を専攻しようと思ってるんだ」

ヘ、失笑しながら、

「お前は失業者になりたいんだな」

……。

フランツ仕方なく「法学部」へ。

おかげで全く学業気乗りせず、成績だだ下がる一方。

おかげで、首の皮一枚、卒業するのでやっと。

皆さんご心配はいらない。この父親による息子の特性を完全黙殺した教育方針が息子の敏感すぎる内面を不思議な方向へいよいよと醸成させ、その真価を次第に発揮させてゆく。

こんな成績だから就職も芳しからず。

コネで無理やり口を見つけたが、休日がほとんどなく時間外勤務だらけの軍隊式“超ブラック職場”で案の定、数か月で泣きを入れ自主退職。

半日だけ働く保険会社の外交員となり、残りの時間を小説執筆に充てる。

おかげで本人の悲願であった経済的独立ができず、実家にパラサイト状態。

日々の業務を特にパッとせず淡々とこなし(実はこの中で彼は一つとんでもない発明をしているのだが、それは後ほど)、作家としてもほとんど日の目は当たらず。

やがて、当時死病であった結核に罹り、1924年40歳で死去。

彼の死後、書き溜めた作品・書簡群を一番の親友だったマックス・ブロートによって惜しまれ、出版されると、それが次第に世界で評判が評判を呼び、今日へと至っている。

2)フランツ=カフカの人柄

節制、の度を越した肉体への酷使が大変前のめりなため、どんどん虚弱に。

いつもガリガリ。

目のクリっとした童顔、見た目年齢不詳。

本人談「ぼくは決して大人の男にはなれないだろう。40歳の男になっても子供のような顔のままで、それから一気に白髪の老人になってしまうだろう」

(実はイケメン)

絶対的に自分を責めずにいられない。

何か起これば全部自分のせいだと思う。

周りのすべてが自分より優れているものに思える。

フランツはいつもそういったどうにもならない自己不全感を人知れずどんどん醸成させていった。

生きざまが絶望そのものを背負っている。

絶対に悪い方にとらえる。

生きるというのは彼にとってあまりに“苦行”だったのか、結核に罹って療養所に入るとかえって清々した様子だったという。

自身吐露「自分を殺せるぐらいなら、もうそんなことをする必要はありはしない」。

吹けば飛ぶような繊細さの持ち主。

幾人かの恋人ができたが、そのうちの一人がこう語っている。

「フランツには生きる能力がないんです」

フランツ・カフカから学ぶ5つのこと

自分の“欠点“”こそ“財産”かもしれない。

なんでも「悲観」する男だからこその美点。

彼は非常に“心優しい”

なぜかというと他人に対して自分より優れた部分がなんでもよく見えるから、そういった部分を拾い上げるのが抜群にうまかったらしい。

そして自分に重ね合わせてか、弱いものに対する慈しみは特に強く、それにはいくつかの“彼らしい逸話”が残っている。

逸話1

フランツがペンションで知り合った少女と一緒に森を散歩していて、少女が付きまとうハエを叩こうとした。すると、彼は一言、

「かわいそうなハエを、なぜそっとしておいてやらないのですか!」

逸話2

公園である少女が泣いているので尋ねると、

「お人形さんがいなくなっちゃった」

と言う。

カフカは「そのお人形さんは旅に出たんだ」と言って来る日も来る日もその人形から届く“手紙”を読んで聞かせた。

やがてお人形さんは遠くの国でめでたく結婚することになり、“手紙”にこうしたためた。

「わたしたちは将来、二度と会えないとあきらめなければならないことを、わかってほしいの」

 

彼は極度の心配性。だからこそできた世紀の発明!

逸話3

炭鉱に保険をセールスに行って、危なっかしくて仕方なかったので頭に軍用ヘルメットをかぶっていた。それを炭鉱夫たちが次々と真似をし、やがて「安全ヘルメット」となった。

 

自分を卑下するから、現実逃避するから、の代表作『変身』

逸話4

彼の作品の多くは本当にシュールで仕方ないが、その中でも『変身』は朝起きると自分が見るも無残な「毒虫」に変わっていた、という話。ちなみに「毒虫」とは毒を持っている虫ではなく、あまりに毒々しい虫という意味。

こうなりはててまで仕事に行きたくなかったのだろう、と言われている。

やがて、家族みんなに鼻つまみにされて……。

 

本人しょげる。豊かすぎる感受性あればこそ

逸話5

彼は朗読するのが好きで得意。

ある朗読会で自作『流刑地にて』を朗読すると失神者が3人続出。人々は逃げるようにして席を立ち、最後はかなり空席が目立つようになってしまった。

本人はしょげたようだが、その豊かな感性がなくては彼の秀逸な独創があったとは思えない。

 

筆まめすぎる。だからこそ文筆家に向いていた

逸話6

父ヘルマンとしっくりいってなかったので、ある時抗議文として手紙100枚以上を渡した。

逸話7

恋人に山ほど手紙を送りつけるのに直に会うことを極端に嫌がった。

 

おそらくコンプレックスは誰にもあると思う。

ただ、彼の生きざまを見ていると、まさしくその“コンプレックス”があったからの利点や美点が数多く目につく。

自分の欠点を埋める、というのが一つの妥当なやり方だが、ただその一方で、「自分の欠点から見えるものを見つめなおしてみる」のもまた忘れてはならないことかもしれない。

 

フランツ=カフカ世界の文学的偉人の中でも異例の人

まず、名言集から。

フランツ=カフカ迷言集

……禁じ得ない失笑。

なぜだろう。底はかとなくこみあげてくる勇気。

“絶望”も磨きぬけばまた“珠玉”。

彼のマエストロたるゆえんを存分にご堪能あれ。

 

『ああ、希望はたっぷりあります。

無限に多くの希望があります。

ただ、ぼくらのためには、ないんです。』

 

『暗闇に戻らなければなりませんでした。

太陽に耐えられなかったのです。

絶望を感じました。』

 

『将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。』

 

『ちょっとした散歩をしただけで、ほとんど3日間というもの、疲れのために何もできませんでした。』

 

『ぼくはひとりで部屋にいなければならない。床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように、ひとりでいれば何事もおこらない。』

 

『ぼくは父親になるという冒険に、決して旅立ってはならぬでしょう』

 

『バルザックの散歩用のステッキの握りには、「私はあらゆる困難を打ち砕く」と刻まれていたという。

ぼくの杖には、「あらゆる困難がぼくを打ち砕く」とある。』

 

『ぼくがどの方角に向きを変えても、真っ黒な波が打ち寄せてくる』

 

『すべてが素晴らしい。ただ、ぼくにとってはそうではない。

それは正当なことだ』

 

『ぼくは自分の状態に、果てしなく絶望している権利がある』

 

『無能、あらゆる点で、しかも完璧に』

 

これらはほんの一部です。

 

世界の文学的偉人には自滅的な個性が目白押しだが、彼はその中でも異例。

日々淡々と地味にこなしながら、人知れずとんでもない闇を抱え、それをじんわりと周りに漏洩させながら、どうにか生きながらえている。

 

ただ彼は闇を闇のまま抱えるだけでなく、向き合った。

そこに彼の文学と人生の豊穣がある。

優しいカフカ。深いカフカ。シュールなカフカ。

どれもやっぱり癖になる。

さあ、あなたもこの魅惑のワンダーランドへようこそ?!

 

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