アメリカの偉人

ボクサーのジャック・ジョンソンが教えてくれた「人生の生き方」

Masta Kさん(女性・30代前半)

「個性的であることを恐れるな」

そう教えてくれたのは、黒人初のボクサー、ヘビー級チャンピオンのジャック・ジョンソンだった。

奴隷の子として人種差別が根強く残る時代、今から100年以上前に生まれたジョンソンは人種差別が「酷い」の一言では片付けられないその時代を強く生き抜きた。

何者にもひるまず、どれだけの罵声を浴びせられようとも逃げず、逆に相手をひるませ、正々堂々と勝負をし、人種平等を訴えた。

決して諦めることなく、逃げずに生きたジョンソンは、後世に多大なる影響を及ぼした。

周りと違うことの何が悪いのか?

それを堂々と言って放つジョンソンのその姿は、好きになるどころか尊敬さえをも覚えてしまう。

試合に負けても、自分には決して負けずに諦めず、立ち上がって前を向いていく姿は、様々なプレッシャーに押し潰されそうになりながら生きる私たちにとって、強さを与えてくれながらもしっかりと、背中を押してくれる素晴らしい存在である。

JACK JHONSONとは

JACK JHONSON(1878年生〜1946年没。本名を、ジョン・アーサー・ジョンソンという)は、アメリカ合衆国における黒人初のボクサーであり、ヘビー級チャンピオンの取得者だ。

出身地がテキサス州のガルベストンであることから、「ガルベストンの巨人」というニックネームとしても知られる。

当時、現在の日本に生きる私たちの想像を絶する人種差別があったその時代に、奴隷の子として彼は生まれた。

「白人は優等で黒人は劣等だから、白は善であり黒は悪だ」とされていたその当時は「肌の色が黒いから」「黒人だから」、たったそれだけの理由で身体的な暴力だけでなく、精神的な暴力も絶えなかった。

奴隷の子ともなれば尚更だ。

奴隷制度は解放されていても、人種差別は根強く残っており、スポーツ選手においては「カラーライン」があり、「白人は黒人と試合をしない」ということが当たり前で、それが人々の暗黙の了解でもあった。

劣等人種である黒人と試合をするなんて、馬鹿馬鹿しすぎるというのが当たり前の時代だったのだ。

黒人であるジョンソンがリングで白人と試合をしようものなら、いくら相手選手の白人が不当をしようが罵声罵倒を浴びせられるのは、その白人ではなく黒人のジョンソンである。

「消え失せろ」「黒人は来るな」「ジョンソンを殺せ」等、ジョンソンは数えきれないほどの罵声や罵倒を浴びていた。

だが、ジョンソンはひるまなかったのだ。それらの差別をものともせず、ジョンソンはボクサーとして徐々に頂点に近付いていった。

「なぜ劣等人種の黒人と試合をしなければいけないんだ!」

カラーラインを引いて、防衛を重ねながら逃げ続けていた世界ヘビー級チャンピオンである白人選手の「トーマス・バーンズ」。

ジョンソンは、彼を追い続けて試合を重ねた。
バーンズがついに同意した試合ではレフェリーがバーンズのマネージャーという不利な条件ではあったが、最終的にジョンソンが圧倒し、TKO勝ちとなったのだ。

チャンピオンの座を奪ったことにより、ジョンソンは瞬く間に黒人達の希望となり、ヒーローとなったのである。

その後も人種差別と闘い続けながら、ボクサーとしての全盛期を過ぎてもなお、試合を重ねた。

1946年、交通事故で死亡。享年68歳。

ジャックジョンゾンがボクサーになるまで

当時黒人たちにとっては「救いは神のみ」であり、同じく敬虔なクリスチャンが両親であったジョンソンにとっても神のみが救いであった。

自我に目覚めたジョンソンは「神などこの世にいない・・・!」が信条になり、プロボクサーで生計を立てていくことを決めた。

ボクサーとして強かったジョンソンは、普通の神経であればすぐに潰れてしまいそうな白人からの憎悪や反感や言葉の暴力にも非常に強く、

どんなに反感を買ってどれだけひどい罵声を浴びせられられようとも、ひるむことはなかった。

逆に相手をひるませるほど堂々と、人種間の平等を訴えた。

彼は、どれだけの酷い仕打ちを受けても、逃げず、人生を決して諦めようとしなかったのだ。

黒人で何が悪い?

身も心もボロボロで、人生を諦めそうになっていた私はあるとき、ジャック・ジョンソンという一人のボクサーを知った。

元々歴史が好きで勉強していた私は、そうした人生を生きてチャンピオンに登りつめたジョンソンと、ジョンソンのその強く何者にも負けない屈託のない精神。

そして、片手を大きく高く掲げてチャンピオンベルトをした、ジョンソンの姿に私は魅了された。

「俺は黒人だ。だが、黒人でいったい何が悪いんだ?俺は歴史に名を残してやる」

と、リングで言い放ったジョンソンのその言葉の深みと強さに感銘された。

そこには「人それぞれの個性」というものが輝いて見えた。

ジョンソンは、周りと違うことを恐れず、周りに流されず、決して何者にも負けることなく、自分を貫いて強く生きた。

「周りと違うことを恐れるな」「個性を大切にしろ」ということを教えてくれたのだ。

ジャック・ジョンソンにゆかりがある場所など

現在は、テキサス州ガルベストンの41番街では、彼にちなんで「ジャック・ジョンソン大通り」と名付けられている場所がある。

また、映画においてはジョンソンをモデルとした「THE GREAT WHITE HOPE(邦題:ボクサー)」があり、ジャック・ジョンソン死後、「ジョンソンの再来」と言われたモハメド・アリのドキュメンタリー、ウイル・スミス演じる「ALI(邦題:アリ)」もある。

THE GREAT WHITE HOPEにおいては、モハメド・アリ本人は自分と似ていることから、「自分自身だ」と言っている。

まとめ:ジャック・ジョンソンが遺したもの

ジャック・ジョンソンは当時の黒人たちはもちろんだが、後世に多大なる影響を及ぼした。

だが、後にも先にも、ジャック・ジョンソンの右に出る人物は出ないだろう。

  • 「周りと同じでなければいけない」という固定概念を破り、他とは違い、個性的であることがいかに素晴らしいか
  • また、それが悪いことではなく誇りを持つべきことであること
  • 努力は報われるということ、
  • 人生に負けそうになっても立ち上がり続ければその先に光があるということ

を、ジョンソンは教えてくれた。

ピンチはチャンスに変えられるということを、ジョンソンは自身の生き様で語った。

ジャック・ジョンソンはたった1人で白人社会と戦い続けた、当時の黒人達のたった1人の英雄である。

今もなお、その雄々しき姿を語り継がれながら影響を与えていくジョンソン。

黒人社会に様々な影響を与え、また、ジョンソンのファンやボクサーだけならず、全ての今を生きる私たち人間にとって、背中を押しながら何が大切かを教え続けてくれる存在である。

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